これまで、瞑想や非二元の探求をしてきました。
これらは、基本的に思考を使わないで、今あるがままを見るというものです。
ところがヌーソロジーは思考の力を使って、宇宙の仕組みを解明するという宇宙哲学みたいなものなので、思考の力こそが大切だといいます。
だから、逆なんですよねー。
非二元では「個人はいない、ただ全体のエネルギーがある」といいますが、
ヌーソロジーは思考を使って、3次元から4次元の意識へと進むにつれて、むしろ個を強める方向に行くようです。
そもそも、この二つで言っている「悟り」は違っていて、
非二元では、個人が消滅したところにある自由な境地が悟り(解放)であり、
ヌーソロジーでは、現在の3次元意識から4次元意識へと意識が進化することを悟り(変換人間ゲシュタルト)ととらえます。
だから、この二つはまったく別のアプローチなのです。
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非二元から、ヌーソロジーを見れば、
オコツトとのチャネリングから始まってる半田さんの物語はすべてストーリーだし
ヌーソロジーから非二元を見れば、
非二元は意識の進化の途中段階に過ぎないってことになると思います。
私は今、非二元とヌーソロジーを同時に探究していて、
これじゃ分裂症にならね?とか、
気が狂ったりしね?とか思ったりするけど
まぁ、面白くて楽しいから精神世界の探究してるわけで、
結果がどうあろうとその過程自体を楽しむのがすべてなんだよね(しお的には)
タクさんがいつも言ってるけど、
ただワクワクを楽しめばいいって感じですかねー。
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ヌーソロジーで、まだよく理解できてない部分だけど、
4次元意識の中で5次元対称性を獲得したら、双対四進法で初期化されて0次元に戻るとのことなので、
ここらへんは、無から現れたものは必ず無に還る、とか、
悟ったら、また子供のようなココロに戻る、とか
と同じこと言ってるのかも? とか思うけど
ホントの非二元は言葉の中にはなくて、言葉を超えたところにあるのと同様に、
ヌーソロジーも思考を使って行ったその先に、思考を超えた究極のそれがある。
ってことじゃないかなぁ~?って思ったりするけど、
まだまだ、全然わかってないから、落ち葉拾いみたいに
日々ぼちぼちと葉っぱを拾っていくのであります。
日々是探究。ほーい!