「ヌーソロジー」カテゴリーアーカイブ

ヌースな人々

7月14日、福岡ヌーソロジー研究会に初参加してきた。

会場は、福岡市中央市民センター(実習室)となっていて、

実習室てどんなんやねん?何か実験でもするんかな?とか思いながら歩いていたの で、いつものように道を間違えたりして、すこし遅刻してしまった。

会場には10人のヌーシスト?たち(男4名、女6名)が集まっていた。

女性のほうが多いのがちょっと意外に思えたけど、たまたましおの隣に座ってた女 性がなんと半田広宣さんのお姉様だということがわかり、

ひえぇー!まじかよー!こら一緒に写真撮らなあかん!思ってお願いしたけど

お姉さま恥ずかしがり屋さんのようで、残念ながら写真ナシですが、しおにテキストを見せてくれたりして、優しい素敵な方でした。

本題の研究会での会話は、もう20年研究してるとか、実数と虚数 がアレしたとか、元素記号がコレしたとか、まったくの???状態であった(笑)

なにせテキストが半田広宣さんの新刊「シュタイナー思想とヌーソロジー」という とんでもないものなので、しおの手におえるものではないのはわかっていた。

皆さん全員、この本を購入して各自で日々研究されてるようです

シュタイナー思想とヌーソロジー(8,640円)

まぁ、こちらとしては???なのは予想はしてたので、ちらっとでも知ってること が出てきたら質問とかしてみたが、主催者の安永さんが易しく説明してくれたので 助かりました(*^_^*)。

例のメビウス空間のしおなりの解釈も話してみたけど、まったく間違ってるとか言 われなかったのでこのまま突っ走ろうと思う。

というわけで、今回ヌーソロジーの会合に初参加してみたわけだけど、皆さんが結局やりたいことは、

この宇宙の仕組みを知りたい!ってことだと思う。

その意味では、しおと同志って感じかなぁ~。

先輩方、今後ともどうぞよろしくお願いします!

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宇宙の仕組みを知るための道、方法はいろいろあるよね。

非二元や瞑想もそれを知るためのダイレクトな手法だと思う。

ただ、非二元や瞑想はそれを知ったとしても説明ができないんだよね。

思考を外して知るわけだから、知ったとしても説明のしようがない。

だから、これとかそれとかって表現になっちゃう。

ヌーソロジーは量子論やイデア(形)を使ってそれを説明しようとする。

例えばヌーソロジーでは、モノの根本である素粒子の消えたり現れたりする振る舞いを意識だと言っている。

これは、般若心経の「色即是空」を量子論という学問を使って解明しようと挑戦しているように思えます。

色(モノ)は、空(意識)である、ということが言えるところまで量子論は来てる のかもしれません。

ということは、我々の意識が変わることによって、モノの現れ方が変わるというこ とです。

つまり、意識が主体的に現象を創起する、ってこと。

だから、素粒子たちは観察されてるときにははっきりしていて、観察されてないときにはぼんやりしてるんじゃね?と思う。

 

あなたは意識であり、主体である。

あなたの体は、意識がこの世界に現れた客体である。

と思いませんか?

 

なんかねー。

今まで探求してきたこととヌーソロジーが

どんどん近づいてくるんだよね。

4次元意識

ヌーソロジーの探究を始めてしばらく経ちますが、現在、4次元対称性のカタチであるメビウス空間を日々の生活現場で探究してるところです。

今日は、メビウス空間における「人間の内面」と「人間の外面」について、現在の理解を書いてみます。

メビウス空間では、オモテ3次元の人間の内面(左側球)とウラ3次元の人間の外面(右側球)が重なり合っています。

通常の人間意識は人間の内面を外側の世界だと考えていて、人間の外面の存在は無視されているとオコツトは言います。

ヌーソロジーでは、人間の外面を見つけ出すことが4次元意識への移行であり、いわゆる悟りの境地への到達です。

私はこれまで内と外をはき違えていて、最初のころは梵宇宙(外側の宇宙)と我宇宙(内側の宇宙)を逆に書いていました。

メビウス球を理解することによって、内と外を逆転させることが今の探究テーマです。

まず、左側のオモテ3次元球が何を表しているのか?

しおの解釈では「自我の世界」となります。

私という自己がいて、私を中心に外側に世界が広がっている。

通常の人間の認識は、こうなりますね。

だけれども、果たして「私」という自己は本当にいるのか?

しおのこれまでの探究結果では、私というものは見つからない。

私とは、マインドが作り出した想像上の自己であるという結論です。なので、

私の外側の世界も想像上の私が作り出した想像上の世界です。

社会、町、市、県、国、海外、これらが私の周りに広がっている

と感じでいると思いますが、これらは実在するものではなく

マインドを通して想像している世界なのです。

オコツトは、これを人間の内面と呼びます。

対して、右側のウラ3次元球が何を表しているのか?

というと、目の前にある「あるがままの世界」となります。

こちらは「私」が見ている世界ではなく、へたな表現をすれば

意識がこの世界の境界から内側を観察しているって感じです。

宇宙からの視点、神の視点とも言えるかもしれません。

自我マインドを通さないあるがまま、悟りの世界です。

オコツトは、こちらを人間の外面と呼び、現在の人間には、まだ発現していないといいます。

これまで、見るということを、「外側にある光を目から取り入れ脳で内側に映像を創り出す」というような表現をしていましたが、これは人間の内面的な表現です。

人間の外面における見るということは、「別次元にある意識が、意識の物理的現れである目や脳を通して世界を創りだしている」という感じに思えます。

つまり、人間の外面において、今も意識が世界を創っている!

あくまで人間の外面が主体であり、人間の内面はマインドを通して創られた客体であるということです。

人間の外面こそが、本当の自分であり、創造の主体なのです。

そして大切なことは、主体である人間の外面と、客体である人間の内面は、本来同じもの、主客一致の関係であるということ。

メビウスの帯のように反転したもの同士がつながっている。

外側(梵)と、内側(我)は、同じものであるということ。

ここでもやっぱり梵我一如の世界なんですね。

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ヌーソロジーは「次元」という感覚をもたらしてくれます。

次元が上がるごとに、認識が変わり世界が変わる。

般若心経や非二元で言っている「無」というやつは、

この3次元世界ではなく別次元のものだと気づきが来ました。

4次元→5次元の探究もワクワクです。

ヌースの基本は遊びだからね。

半田広宣さん、川瀬統心さんに感謝です。

数学の公式みたいなんが出てきたら、あへ~ってなるけどね。

非二元とヌーソロジー

これまで、瞑想や非二元の探求をしてきました。

これらは、基本的に思考を使わないで、今あるがままを見るというものです。

ところがヌーソロジーは思考の力を使って、宇宙の仕組みを解明するという宇宙哲学みたいなものなので、思考の力こそが大切だといいます。

だから、逆なんですよねー。

非二元では「個人はいない、ただ全体のエネルギーがある」といいますが、

ヌーソロジーは思考を使って、3次元から4次元の意識へと進むにつれて、むしろ個を強める方向に行くようです。

そもそも、この二つで言っている「悟り」は違っていて、

非二元では、個人が消滅したところにある自由な境地が悟り(解放)であり、

ヌーソロジーでは、現在の3次元意識から4次元意識へと意識が進化することを悟り(変換人間ゲシュタルト)ととらえます。

だから、この二つはまったく別のアプローチなのです。

非二元から、ヌーソロジーを見れば、

オコツトとのチャネリングから始まってる半田さんの物語はすべてストーリーだし

ヌーソロジーから非二元を見れば、

非二元は意識の進化の途中段階に過ぎないってことになると思います。

私は今、非二元とヌーソロジーを同時に探究していて、

これじゃ分裂症にならね?とか、
気が狂ったりしね?とか思ったりするけど

まぁ、面白くて楽しいから精神世界の探究してるわけで、

結果がどうあろうとその過程自体を楽しむのがすべてなんだよね(しお的には)

タクさんがいつも言ってるけど、

ただワクワクを楽しめばいいって感じですかねー。

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ヌーソロジーで、まだよく理解できてない部分だけど、

4次元意識の中で5次元対称性を獲得したら、双対四進法で初期化されて0次元に戻るとのことなので、

ここらへんは、無から現れたものは必ず無に還る、とか、

悟ったら、また子供のようなココロに戻る、とか

と同じこと言ってるのかも? とか思うけど

ホントの非二元は言葉の中にはなくて、言葉を超えたところにあるのと同様に、

ヌーソロジーも思考を使って行ったその先に、思考を超えた究極のそれがある。

ってことじゃないかなぁ~?って思ったりするけど、

まだまだ、全然わかってないから、落ち葉拾いみたいに

日々ぼちぼちと葉っぱを拾っていくのであります。

日々是探究。ほーい!

 

ワンネスは2つある

川瀬統心さんの、ワンネスは2つあるを読んでみました。

ヌーソロジーは難しくてめげてたのですが、この本はわかりやすく書いてあるので、私みたいなヌース初心者にはオススメできると思います。

内容は、川瀬さんのアトピーが重症化して入院するところから始まって、1部、2部までは彼の経験と知見を元に西洋精神世界史などが書かれています。

ここで彼がすごい勉強家で、真摯な探求者であることがわかります。

私はユダヤ教~キリスト教~イスラム教の流れはちゃんと勉強したことなかったのでめっちゃ面白く読ませていただきました。

いよいよ3部がヌーソロジーの次元解説です。

ヌーソロジーは、1989年に半田広宣さんに冥王星からやってきたオコツトという意識体とのチャネリングから始まってます。

チャネリングとかアセンションとかあたりはこれまで避けて通ってきたので、???って感じですが、

オコツトからの情報を半田さんがまとめられたというメッセージの内容は濃くて深くて、これまでのものとは違う、「別のもの」です。

ヌーソロジーのすごいところは、人間の意識の進化を明確に形として提示しているところだと思います。

0次元から4次元まで次元が上がるごとに、
点→線→円→球→メビウス球とイデア(形)が変わり、対化(二分化)と発生の意味が加わります。

次元 イデア 対化   発生の意味
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0次元: ある・ない 存在の有無
1次元: 前・後 意志の発生
2次元: 上・下(左・右) 親・子(男・女)
3次元: 内・外 精神と物質、主体と客体
4次元:メビウス球 自己・他者、あなたとわたし
(P322から抜粋)

私は、0次元が点で表され、点が存在の有無であるというところで、なにかワサワサと来ましたよ。ひょーい!たまらん(笑)

現在の人間意識は3次元なので、4次元のイデアであるメビウス球がわかれば、上位から3次元を見ていることになり、すでに4次元の意識に到達しているとのことです。

ヌーソロジーでは、これがいわゆる悟りというものであり、3次元から4次元への意識の進化ということになるようです。

ずっと悟りを求めてきた私にとっては、悟りにちゃんと形と論理的な裏付けがあるところが驚異的で、しかもそれが意識進化の通過点にすぎないというところがこれまたびっくり仰天です!ほほーい!(笑)

さらに5次元まであるとのことですが、まだそこらへんまではぜーんぜん見えてこないので、まずは4次元のイデアであるメビウス球(下図)を自分のものにするところからですね!

この図の詳しい説明は、川瀬さんの本を読んでもらうのが一番いいと思いますので、買ってください(笑)

あやふやなことをしおが言うのも良くないと思うけど、言えるのは今の人間の意識は内と外が逆転してしまってるってことですね。

私達が外側にあると思ってる世界は実は内側にあるということです。図で言うと、右側球の青色部分。

考えてみれば当たり前で、カラダの外側にある光を目から取り入れて脳で映像を創り出しているわけだから、いつもカラダの内側の映像を見ているわけです。

つまり、いつも見ている風景は、自分の内側の映像であるということ。だから、世界は人の数だけある。

他方、外側にあるのは何なのかはわからない。何かわからない波動のようなものがあるだけで、見られている意識によって私と私以外を漠然と区別している。(図の左側球)

見られている意識っていうのが、しお語でいう気づきのことだと思うけど、これを、人間の内面であるとオコツトはいいます。

このことを日々の生活の場で感じながら生きることが4次元生活なのかもしれませんねー。(よくわからんけど・・・)

ヌーソロジーで言ってることは、私がこれまで非二元などの探求で感じてきたことと一致するところも多いけど、違いを感じるところもあります。

それらの違いを見て、つなげていくこともまたワクワク楽しいのかもねー。

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タイトルの「ワンネスは2つある」をみて、
えっ?2つじゃワンネスじゃないじゃん!
って思った人も多いと思いますが・・・
タイトルの意味は、最後の章に書いてありました。
ではでは、ほーい!

 

ヌーソロジー

最近、ヌーソロジー(Noosology)というのが気になってます。

ヌーソロジーとは、半田広宣さんが提唱する宇宙論・哲学大系で、人間の精神性の問題を全部幾何学、空間認識の問題として整理・解決するものだそうです。

半田広宣さんのサイト

半田広宣さんとは、FBで友達になってもらってるんだけど、彼の投稿を見てると、言葉の端々に、科学者っぽくて、この人頭イイわぁ~って感じがあります。

図書館で彼の本を借りて読んでみたけど、やっぱどうもしおには難しすぎて内容を理解できず、ちょっとめげてるところです。

そんなヌーソロジーが、なんで気になるかというと、

たしか、OSHOが「悟りへ至る道には、瞑想の道と愛の道がある」って言ってました。

瞑想の道は、思考を外してただあることでそれを知る。

愛の道は、大いなるものに降参することでそれを知る。

という二つの道があって、しおは瞑想の道を歩いてるつもり?なんですけど、

半田さんたちは知の力によってそれを知ろうと挑んでるって感じがして、新しい何かがあるんじゃね?って注目してるところです。

それともう一人、川瀬統心さんという方がいて、彼のサイトではヌーソロジーを少しわかりやすく説明されてます。

川瀬統心さんのサイト

以下、川瀬さんの説明をしおがしおなりに解釈したものです。

我々がいる3次元空間を上の図のような、内と外が反転した2つの二重円が、さらに左右に反転した図としてとらえています。

外側に人間の内面があり、内側に人間の外面がある。

ね。わからないでしょ?

だけど、図をよ~く見ると左側の二重円が、しお語で言えば梵宇宙(神が創った外側の宇宙)で右側の二重円が我宇宙(外側の世界を感じて内側に創り出す宇宙)ではないか?

これ梵我一如ちゃう?って思ったりするわけです。

ますます、わかんなくなった???(笑)

まぁ、言ってるしおがわかってないわけだから、わかるわけないですよねぇ~。ゴメンナサイ。

この図は、上位の次元から見ないとわからないので、これをわかるようになったときには、すでにあなたは4次元空間にいるということらしいです。

なんか、ワクワクする~~~。4次元いってみてー

今、全然わかってないけど、ワクワク感はあるので、

ヌーソロジーには、これから多分ハマりこんでいくと思いますので、このブログでも何か書くことがあると思います。

ちゃんと理解できるところまでたどり着けるかわからないですけど、長い目で見てやってくださいね~